KIMONO真楽
ホーム
キーワード一覧パーソナリティ一覧つながり一覧ニュースヘルプ
キーワード最新5: 「さよならは別れの言… | KIMONO真楽同窓会 | 猫心〜にゃんはーと | 和服猫 | ホセイン・ゴルバ「時… | ...more

アキコの空間
最近の5件
2016年 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2015年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2014年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2013年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2012年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2011年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2010年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2009年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2008年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2007年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2006年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2005年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2004年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | 3月 | 2月 | 1月
2003年 12月 | 11月 | 10月 | 9月 | 8月 | 7月


2003.10.22 [水] マニフェスト選挙

最近、ニュースで選挙の話題多いですね(←当たり前)。
今回の選挙は『マニフェスト選挙』ということで、長らく「政策」ではなく「人」に投票していた日本の選挙を見直し、本来の「政策」で選挙を戦おうよ、というものらしい。
…しかし、肝腎のマニフェスト、読んでみるとヘンなものが多い。

特に、自民党の郵政公社民営化についての項目。
これって、銀行とかで定期預金をしようとしているときに、「利率はまだ決まってなくて〜、半年先くらいに決まる予定なんです〜。でも、ゼッタイお得にしますから〜、ケイヤクしてください!」って言ってるようなものじゃないかなぁ。
こんなの、民間じゃ絶対通用しないと思う…。
「玉虫色なんて冗談じゃない!」ってコイズミ総理は頑張ってるけど、まだまだ全然足りマセン。

固い話かもしれないけど、代議士と地方・企業の癒着をなくすには「税源委譲」しかないと思ってます。
今は、国が税金をいっぱい集めて、地方公共団体に分配するシステムになっているけど、それをやめて、都道府県・市町村がもっと自主的に税金を徴収できるようにしたほうがいい。
だって、国からいっぱいオカネを貰ったり、既得権益を守ったりするために、地方や企業は代議士に寄付金をいっぱい払って、官僚に圧力かけてもらってるんだものね。
汚職って結局それが原因なことが多いし(公共工事とか)。
今の代議士は、自分を後援してくれる地方・企業の代弁者に過ぎないひとが多いと思う。
それって、後援者に「飼われてる」のとどう違うのかな。
国会議員は、まず、国全体のことを考えてください。
で、財務省の官僚も公僕なんだから、妙な特権意識は捨ててください。
「安定した生活」のために高級官僚になろうと思ったひとになんて、国民として、安心して国を任せられマセン。

2003.10.21 [火] 旅の香り 時の遊び

本日の旅で、白山工房の牛首紬が出てました。
大島ほどテラッとしてなくて、結城ほどボカッとしていないという牛首紬。
二世を誓ったともいわれる二匹から紡がれる「玉繭」。
浪漫を感じてしまったり。
いつか欲しいなぁ。
でも紬って、ある程度の年輪がないと着こなせないような気がする…。
将来に向けての課題。

2003.10.20 [月] 雑記

そろそろ24日の天気が気になり始めました。
とりあえず今のところ、金曜は晴れそう。
しかし予想気温が低いぞー!ショールじゃ寒いかな、道行か羽織のほうがいいだろうか。
それによって着るものも変わるなぁ。

大島をもそもそ着るも、つるつるの生地に意外に手を焼いている。
しかも最近半幅帯ばかりだったから、なごや帯が決まらない。マズイ。修行し直し決定。
ポイント柄はやっぱり難しいな〜。

2003.10.19 [日] 京都 佳つ乃 歳時記 覚書

アマゾンから本が届く(しかし宅配便屋が梱包を折り曲げて本を郵便受けにつっこんでいった!)。

この本で一番興味があったのは、もちろん佳つ乃さん。
どんな着こなしなのか、見てみたかった。
半襟の出し具合とか角度はやはり参考になる(着付けはプロの方がしているらしいけど)。
あとは、羽織の長さとか。
…残念ながらヘアメイクは一般人の参考にはなりそうになかったけど…。
はんなり系の小紋がどうしても好きだなぁ。

追記)
この本に掲載されている「翠草堂」から連絡があったのだけれど、印章の側面に椿や桜の彫刻を施してくださっていた方がお亡くなりになったそうだ。
来年の春出来上がってくるはずだった私の印章には、永遠に赤い椿は彫られないことになってしまった。
謹んでご冥福をお祈り致します。

2003.10.18 [土] ショール

注文したショールが届きました。
いい感じです♪
生地のシルクそのものは薄いけれど、形状安定の絞り加工を施してあるので、なかなかふんわりな質感で暖かいし、しわも全く気になりません。
まとめちゃうと大変コンパクトなので、持ち歩きにも便利かも(マフラーとしても使えそうなほど)。
お買い得だったかな〜。嬉しい。

2003.10.16 [木] パンを踏んだ娘

本日一番インパクトのあった話。
「ほぼ日刊イトイ新聞デリバリー版」で、この「パンを踏んだ娘」の話題が出てました。

見た瞬間トリハダ立ってしまった…。
これはかつて、NHK教育「おとぎの部屋」で放映された(そしてリニューアルされながら平成13年にも放映されていたらしい)世にもおっそろしいアンデルセンの童話です。

あらすじ)
貧しい家に生まれたインゲルは、とても美しい顔立ちをしていたけれど、残念なことに、非常に心のねじまがった娘でした。
しかしその美しい顔が気に入られ、彼女は裕福な家の養女となることが決まります。
その家では綺麗なドレスや靴に囲まれ、幸せに暮らしていたインゲルでしたが、ある日、養親に「たまには本当のご両親にも顔を見せておあげなさい」と言われ、いやいやながらもパンを持って実家に向かうことになります。
途中の道にぬかるみがあったため、自分の綺麗な靴を汚したくなかったインゲルは、あろうことか、パンを踏み台にしてそのぬかるみを渡ろうとします。
(原作では大きくて固いライ麦パンだったらしいです。食パンではなくて)
すると、インゲルの体はずぶずぶとぬかるみの中に沈んでいき、彼女は奈落の底まで落ちていったのでした…。

このお話がトラウマになっている方の中には、ここでお話が終わったと思われている方もいるらしい(それもかなりコワイ)ですが、さらに話はおそろしく続きます。
ぬかるみの底には沼女という魔女がいて、インゲルは罰として意識のあるまま石にされてしまいます。
そしてその石化した体の上を、ゲ×ゲ×とかム△デとか身の毛のよだつようなゲテモノが這い回るというのです…。
アンデルセン、趣味悪すぎ。
しかしそんなインゲルの話を聞いた(どうやって聞いたんだ?)地上の少女が彼女を哀れんで流した涙のおかげで、インゲルは石化を解かれます。
しかし話はまだ終わらない。
インゲルはみにくい鳥の姿となり、かつて自分が踏んだパンと同じ重さのパン屑をほかの鳥たちに食べさせることが出来るまで、その姿のままでいなければならず、何かを食べることもできないと、今度は神様から宣告されてしまいます。
で、インゲルは一生懸命パン屑をほかの鳥さんたちに運ぶわけですが、一説ではその途中で、鳥を追い払うために養母が振りまわしたほうきにあたって死んでしまう、とかいうオチもあるそうです…。
私が見た話は、最後にようやくインゲルはパンと同じ重さのパン屑をほかの鳥さんたちに食べさせることが出来るのですが、そのとき彼女の姿はうつくしい声で鳴く光の鳥となって、空の彼方へ飛んでいったというものです。

つまり、罪滅ぼしをしても、人間には決して戻れなかったのです、彼女は。
これは、一旦罪を犯して地獄へ落ちると、悔い改めて天国へ行くことはできても今生でやり直しは絶対できないよ〜という、アンデルセンのカトリック的宗教観ゆえだそうですが…日本人からすると、あまりにも、救いがない。

ちなみにこのお話は、テーマソングも大変おっそろしく、これを聞いてトラウマになった方も大勢いるそうです…。

2003.10.14 [火] おしゃれ工房

NHK教育おしゃれ工房の「市田ひろみの紬の着物事始め」を見る。
紬の紹介そのものは、わりと入門編な感じだと思ったけれど、出演しているアナウンサーさんの着付けが、めちゃくちゃ気になってしまった…。

その方は、ちょっと大柄で、どうやら肩の張った体格のようだった。
そのわりに、長着の衿の合わせ方がものすごーく詰まった感じだったのだ。
いかり肩を目立たせなくするには、あんまり衿を鋭角に合わせないほうがいいのになぁ…。
で、ちょっとゆったり目に衿合わせをしたほうが、肩がなだらかに見えるのになぁ…。
裄が短めだったせいもあって、なおさら肩が張って見え、とても残念だった。

他人事だとは思えない〜。私も肩張ってるし…。

2003.10.13 [月] 長襦袢

着物が好きだけど、長襦袢も好き。
とくに最近は、小紋や紬に合いそうな凝った長襦袢が気になっている。
(お洒落着にはお洒落な長襦袢がいい!淡い色の礼装っぽい長襦袢地が妙に多いのが淋しかった)

で、こころ奪われているのが、友禅の長襦袢。
…可愛い。今しか着られない柄かもしれないけど、それなら尚更はずすのは惜しい。

しかしそういうときに限って、ほかからもお誘いが来るのね。
11月に紫織庵の展示会が新宿であるのだそうだ。
うわ、どうしよう。どっちが素敵かしら。

2003.10.11 [土] ご縁

Yahoo!オークションで駄目もとで入札していた着尺が、お嫁入りしてくることになった。
うーん、最後の最後で絶対誰かが入札するだろうと思っていたのだけどなー。
ご縁て不思議なものだ(もっのすごく頑張っても駄目だったときが何度あったことか)。
ふふふー。嬉しいな。
これは羽織にするのです。
羽裏は、前に買って寝かせておいた襦袢地が合うから、それを使うのだ。

2003.10.9 [木] 秋晴れ

あまりにもいい天気すぎて、どっかに逃亡したい。
と思うほどの晴天でした。

斜めから差してくる光は、まぎれもなく秋のもの。
いい雰囲気ですねぇ。
秋は夜がすきです。お月さまも綺麗だし。
夏は朝がすき(暑いの苦手)。
涼しい朝のうちを寝坊してしまうと、なんか損した気分になっておりました。
冬は、昼かな?ぽかぽか陽気がよろしいです。朝に富士山が見えるのも冬ならでは。
春は…そういえば、春はなんだろう?
2月になると、寒いのに太陽のひかりは春めいてくるので、暗い色のコートを着るのがイヤでたまらなくなってしまう。
4月はね、ねむいよね。

2003.10.8 [水] ひとめ惚れをまっている

といっても、男性のことではありませんが。
最近、キモノ関係で運命の出逢いがないのだ〜。
…淋しい。

失敗もしてきて思うことは、「ひとめ惚れのキモノでなくては結局だめ」ということだ。
私の場合「これでいいかな」と思う程度のキモノは、残念ながらあまり活用できていない。

見た瞬間にズドンときて、これじゃなきゃだめ、他のひとには申し訳ないけど絶対あげられない、と思うくらいのものがいい。
ズドンとくる羽尺がほしい…。

2003.10.7 [火] 羽織

急に寒くなり(11月上旬の気候だそうだ)、なんだかもうはおりものが必要になってしまいそう。
特に日が落ちてからが寒い気がする。

今までは道行ばかり着ていたのだけれど、最近はだんだんカジュアルになってきているので、もっと羽織が欲しい感じ。
あんまり丈は長くなくていいので、可愛いのを探して、柄on柄を楽しんでみたいなぁ。

最近は銘仙・お召しブームのおかげで、はおりもの(特に羽織)が復活してきたようだけれど、ちょっと前までは寒くなってきても帯付きというひとが多かったように思う。
実はこれも、着物を着るひとにお茶をするひとが多かったせいらしい。
お茶席ではおりものはNGだから、帯付きが正しいと思われていたのかな?

2003.10.5 [日] 一大決心

9マルキの大島のアンサンブルを持っている(お誂えの長襦袢つき)。
これを普段着に下ろすことにした。

2003.10.4 [土] 桜談義

某きもの掲示板で「桜柄のキモノはいつ着ればいいのか?」というような質問がまた載っていた。
これってやっぱり永遠の課題なのかなぁ。
私も一時期気になって、複数の呉服屋さんに聞いてみたことがあるけれど、答えはいつも「桜は日本の国花なのだから、どの月に着たって大丈夫です」というものだった。
「うーん、秋に桜は着ないですねぇ」とはだーれも言わなかったな。
桜の柄はコンスタントに人気があるから、呉服業界としては、そのほうが都合がいいのだろう(笑)。
(最近では桜柄の浴衣も見たことがある。これにはさすがにびっくりしたけど)

しかし、識者の方(って誰?)に言わせると、「桜柄を秋に着るのは野暮」なのだそうだ。
檀ふみの「檀流きものみち」や、林真理子の「着物の悦び」には、そういった類いの記述が出てくる。
もっとも厳しい定義をしているひとに言わせると、「3月の半ばから花が咲くまで」だという。
その理論だと、都内ならば4月の上旬を過ぎたら、もう桜柄は野暮になってしまうなぁ。
しかし、それってやはり着物を何十枚も持っているひとならではの美意識でしょうと個人的には思ってしまう。

自分で着る時期をそのように定めて実践されるのには、まったく文句のつけようもなく、とても素晴らしいことだと思うけれど、そういった持論を他人に強要し、そうしないひとを野暮と決めつけるのは、かえって野暮ではありませんか?と思うのだ。
歌舞伎の世界でも、4月いっぱいは桜の柄を着るというし。

だから、プライベートならそのときの気分で、いつでも桜柄を着ていいのでは?と思う。
(ただ、春には春、秋には秋らしい色柄が似合うのは確かだから、それなりの味付けをしたほうがいいかもしれないけど)
改まったお席での桜柄も、構わないと思う。
(だって確かに桜って国花だし、外国のひとがいらっしゃるならかえってふさわしいくらいでしょう)

ただ、お茶の席では、先生によっては駄目という方もいらっしゃるだろうから、これだけは微妙。
桜柄の時期にこだわる方って、実はお茶をされる方に多いのだ。
これは実感。

2003.10.3 [金] 

最近、江戸の文化をフィーチャーしたものが多いように思う。
なんでも「江戸」という都市は、世界に類を見ない変わった都市だったのだそうだ。
300万人以上の人口を抱える、当時の世界でもめずらしいほどの大都市でありながら、ちゃんと機能し、発展を続けていたという。
(呪術という説もあるらしいが、ここではパス)
そういう話を聞いていると、西洋文化とのあまりの違いにビックリする。
そして、「違う」とか「異なる」とかいうことは、必ずしも悪いことではないのだと、再認識してしまう。

日本は鎖国をしていたから、コミュニティのなかで同じ価値観を長く共有することができた。
そんなDNAが今も私たちの中にはあって、皆と「違う」ことはいけないことのように思いがちだ。
でも、そうではないのだと、今は思う。
西洋と江戸の文化は全く違い、しかし人々の生活はそれでちゃんと成り立ってきた。
それって、実はすごいことではないのかな。
「違う」ことって、ほんとうはとても素敵なことなのではないだろうか。

みんな違うからこそ、こんなふうにKIMONO真楽でも、互いに情報を交換し意見を言い合って、それまで気がつかなかった視点からものごとを考えたりすることができる。
「みんな同じ」では決してできないことだ。
そのほうが自由だし、発展性があるんじゃないのかな。

戦争で敗けて、日本は一度、それまでの自国の文化を全て否定してしまった。
そして欧米化こそが正しいと思いこんで、その真似ばかりして、つっぱしってきてしまったのではないだろうか。
それが昭和の「高度成長」であり、その頂点が平成の「バブル」だったのだろう。
それは確かに日本に経済的繁栄をもたらしたけれど、バブルがはじけて日本人は方向性を見失ってしまった。
万能だと思っていた欧米のシステムの限界を味わってしまったのだ。
それはやはり、日本人のすべてを欧米化するのは、根本的に無理があったということだと思う。

バブルがはじけるのとほぼ同時期に、消費税が導入された。
はっきり言って、役所にとって消費税とは、「不景気になっても、役所だけはある程度の税収を確保するためのもの」だ。
(ちなみに消費税は、年間売上3000万円以下の会社は、消費税を取っても、国庫に納めなくて良いという不公平な税金でもある。「お役所公認のおこづかい」と批判される所以だ)
しかし、消費者にとっては、モノの値段が上がるゆえの買い控えに繋がるということに、役所は思いを致さなかった。なぜなら、自分たちの給料には全く関係がなかったから。

こうして、「バブル崩壊」の急激な値崩れとその後の「消費低迷」というダブルパンチに、日本経済は立て直しの機会を致命的に失う。
その後、多くの企業が倒産し、生き残りのためリストラをやむなくされた大企業が、人件費を抑える目的で生産の中心を次々に海外へと移したため、日本国内では大量の雇用の不足が発生した(失業率の上昇)。
雇用の不足ということは、日本国内で「モノを買う力」が落ちるということを意味する(給料が減ったりなくなったりするから)。
それは結果として深刻なデフレ(継続的な物価の値下がり)を招き、日本は長い不景気に現在も苦しむことになる。

だから、コイズミ内閣の経済改革では、借金をしてまでの歳出をまず抑え、早く経済特区を実現して、大企業の工場を国内に呼び戻したほうがいい。
日本企業は、日本人を雇ってきちんと給料を払わないと、めぐりめぐって不景気になり、結局損をするのだ。社員だって顧客であるということを、忘れてはならない。
消費者は、せっかく稼いだ給料を海外ブランド品につぎこむばかりでは、いつまでたっても日本企業は元気にならず、ひいては自分のお給料も上がらないということに、もう気づいてもいい頃だ。
そして公務員も、日本国、ひいては日本国民あっての公務員であるということを肝に銘じて欲しい。
(この不景気を、どこか他人顔で眺めている国会議員や官僚が私は大嫌いだ。公僕は公僕であって、決してお貴族様ではないでしょう。貴方の報酬や給料はみんなの血税から支払われているのだ。年貢じゃないんだぞー!)
高速道路を作る程度の公共工事では、この不景気は脱出できまい。
この不景気を解決するには、まず雇用のアップが必要だ。
300万人の失業者が街にあふれ、年間3万人の人間が自殺している状況なのだ。
もう、他人事じゃないんだ。

電気や水道のない生活には、きっともう戻れないけれど、欧米と「違う」ところがあってもいいと思う。
ただ『真似』するのではなく、良いところは咀嚼して『取り入れ』ながら、あらゆる意味で、日本独自のあたらしいスタイルをつくる必要が出てきているのではないだろうか。
そのためには、「自分がなにものであるか」ということを、まずしっかりと見据えることが必要だと思う。
島国根性にとどまるのではなく、やみくもにどこかの国の真似をするのでもない。
自国の歴史と文化のいいところも悪いところも踏まえたうえでの、今の日本人に一番合った政治的・経済的・文化的スタイルの構築。
キモノや江戸文化が注目されているのは、そういったことに、みんながなんとなく気づき始めている証しのような気がしてならない…。

日本の教育が行き詰まってしまったのは、メリケンからきた「平等」を取り違えた、「みんな同じ」にも一つの要因があるんじゃないのかと思ったりする。
「違う」ということ、「個性」ということが、決して悪いことではないのだとみんなが思うことができたら、ひとの価値をはかるのに、たった一つのものさししかない偏差値偏重主義や、いじめや、障害のあるひとに対する根強い差別意識などが、ちょっとは少なくなるんじゃないかと思う。

そして、「資本主義」を取り違えた「自分さえよければいい」という風潮が少なくなって、「みんなでよくなろう」と思うことができたら、きっと日本経済の復活は近い。

だって、私たちは日本に住む、「同じ」日本人なのだから。

2003.10.1 [水] ほぼ日刊イトイ新聞

せ さんのKW『江戸が知りたい。東京ってなんだ?!「江戸東京博物館」を知の遊び場にしよう。』http://www.kanshin.jp/...がたいへん興味深い。
古着がどうしても苦手だし(前の持ち主さんの気配が残ってるんだもん)、お召しや銘仙があまり似合わないと思っていたこともあって、「東京流行生活展」は行くかどうか微妙だったけれど、だんぜん行きたくなってしまった。

「江戸」に西洋文化が入ってきて、どのように生活が変わっていったのか、興味がある。
平成の和洋折衷のスタイルのヒントになるものが見つかるといいな。
電気や水道のない生活にはもう戻れないと思うけれど、日本人はどうしたって日本人であることに変わりはないのだから、いつまでも真似をしているだけでは、アメリカやヨーロッパと本当の意味で対等になることは出来ないと思う。
自国の文化の正当な再評価が、ニッポンのあたらしい活力になればと願う。
(おお、なんか我ながらえらそーなことを言っているぞ。。。)

メンバーログイン
新規メンバー登録
お店お店
素材素材
着物・帯着物・帯
小物小物
着こなし着こなし
How To & TipsHow To & Tips
メンテナンスメンテナンス
本・雑誌本・雑誌
イベント・場所イベント・場所
ノンカテゴリノンカテゴリ

KIMONO真楽 について | KIMONO真楽の利用規約 | Syndicate this site Powered by 関心空間