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2005.3.31 [木] 本格デビュー

いやねぇ、花粉症の話ですよ。
朝から目がカユカユで、鼻もムズムズで、くしゃみが止まらないとくれば、
もういいわけはできません。

昼には一旦治まったと思っていたら、夕方にかけては頭痛に変わってウンザリ。
書かねばならない予定のものが、急にキャンセルになって、ラッキーだった。

夜はクライアント様の後出し発注で、イメージ写真の追加撮影。
ジャム(スプーンですくっているところ)と味噌汁(おたまで味噌を溶いているところ)を撮る。
明日から波平も取材に出てしまうのに、鍋にいっぱいの味噌汁ができました。
はい、健康のためにせっせと飲みます。

そういえば、波平の会社のHさんが突然亡くなった。
ガンだそうだ。
まだ娘さんも小さいのに……。

それにしても、最近こんな話が多くて不気味です。
私たちは食品添加物を山盛り食べている世代だし(平均年間4キロ!)、
そんなことも関係があるに違いありません。

皆さん、油断せずに、検診はキッチリ早めにね。

2005.3.30 [水] バタバタな1日

朝から自宅で撮影。
カメラマンはもちろん、波平大先生。

ブツはこちらからある程度要請していたのだけれど、
基本的には今朝、宅急便で着いたものなので、
スタイリングは行き当たりばったりで。

撮影用の料理を作りつつ、別の商材のスタイリングをして、
バックに敷く布にもアイロン掛けしたり、撮り終わったものの
片づけもやるという感じ。
もうひとり(いや、できればふたり!)、自分がほしかった……。

それにしても、スポーツ写真が専門の波平大先生なのに、
ブツ撮りもかなり上手になっていた!
絶対に、そこらのカメラマンより巧い!
……それなのに、安ギャラで使ってゴメンね。かわりに肩でも、足でもお揉みいたします。

2005.3.29 [火] ぐったり

月曜の夜にスノーボーダー取材の前乗りで、新潟の新井に。
夕方、波平を会社で拾ってから出たので、着いたのは午前1時前。
ここですでにぐったり。

で、朝起きて、新井の大会会場へ(ガールズのシャンプジャムでした)。
大きなキッカーが上の方に作られていたけど、残念ながら季節外れの吹雪。
あまりに風が強いということで、結局ワンメイクは中止になって、
ボックスレールのジャムになりました。

女子のボックスレール?と思っていたけど、やっていくうちにみんなどんどんメイクできるようになって、
最後はキチッとスタイルだしつつメイクできる子もいっぱいいました。
一応盛り上がってよかったよ……。
(専門用語だらけでやらない人にはわけわかりませんね。すみません、メモということでご容赦を)

しかし、猛烈に寒かったです。
テントも設営できないような超強風に、降り続く雪。
じ〜っと成り行きを見守っている身にはかなりつらい状況でした。
もちろん、帰りには温泉に入ってきましたが。

まあ、ヘロヘロながらも無事に帰ってきたので、よしとしますか。
今日はサッサと寝よう。
明日は朝から自宅で撮影です。
料理系のイメージカット10点。まだイメージラフもできてませんが……。
(というか、撮影物がまだ手元にない! 大丈夫か?)

2005.3.28 [月] 勘違い野郎でした

“丸1年”、なんぞと昨日書いたばかりですが、勘違いでした。
(よくよく見たら2月3日だったです)
このところ、そういうことが甚だしく、my人生のサザエ度アップ中です……。

というわけで、昨日も密かにやってました。
5:30〜と手帳にもしっかり書き込んであったのに、すっかり5:00〜と思い込み……。
超お急ぎモードで昭和暮らしの博物館にたどり着くと、
まだ誰もいらっしゃってませんでした。とほほ。
(おかげでゆっくり展示物が見られましたが)

講座はちょっとツメツメ状態で、お尻の大きい私にとっては
ある種、修行のような感じもありましたが、お話自体は面白かったです。
(はっ、そういえばあの状態も“昭和”の一環ですね。
私にとっての昭和は、単にノスタルジーだけでは語れない時代です)

下戸部なのに、最後は居酒屋で〆。
皆さんの“昭和のゴシップ”も楽しませていただきました。
(こへさんの「駒田話」が衝撃的! 世間的には今更ですか?)

ほろ酔いで家にたどり着いてみると、日曜の深夜だというのに、
せっぱ詰まった感じのお仕事メールが着ていました。
ううむ、たいへんね〜。
「そういうことならわかったよ……」ということで、今週来週は働きます。

働くからこそ、お休みが楽しいのですよね。
(そう思ってがんばります!)

2005.3.26 [土] おっと、丸1年でした

他の方の日記を見て、ふと自分の空間を確認してみたら、
真楽のメンバーになって丸々1年が経っていました。
月日の流れるのは早いものです。
皆さま、いろいろおつきあいくださってありがとうございます。
これからもよろしく♪

今日は夜になってから、明日の下戸部に着ていく着物を選ぶ。
せっかく買ったばかりの帯があるので、それを締めたいが、ドンピシャの着物は見つからず……。
それでも締めたいので、なんとか見繕う。
(サイズが大きくて、ちょっと着づらいんだけど)

あれこれ広げたあと、昨日着た古い大島を畳む。
黒地にタテのラインで、青い藤の花の模様。
(ずっと何だろうと思っていたが、昨日の池田重子さんのコレクションに
そっくりのものがあって、藤の花だと知る)

紅絹裏なので、古いものなんだろうが、ふと気づくと八掛の裾がひどく擦り切れていた。
着るときは何でもなかったから、昨日1日でこうなったに違いない。
もう生地がボロボロだったんだろうなあ。
(幸い表地は何ともない)

ちょっと痩せて、幅もピッタリになったと喜んでいたのに悲しいのう……。
裾にテープでも張って、しばらくはだましだまし着ようかと悩む。
いっそのこと、解いて仕立て直す?
しかし、その道を選択したら、次にこれを着られるのはいつになるのか?
ん〜。

答えは保留して、畳んでそのまましまってみる。
どうするかな〜。

2005.3.25 [金] 沖縄の染織

ライター仲間のMさんと松屋の池田重子展へ。
こんなイベントにはアンティークがよろしかろうと、紅絹裏の大島に唐子の刺繍帯(ショッキングピンク)、
薄いピンク地に、赤紫の蔦のような模様の銘仙の羽織で。

会場では、Bさんに遭遇。
(小冊子の件、伝言しようと思っていたので好都合でした、はい)
初めてBさんの洋装を拝見いたしました。かなり雰囲気違うかも。
(でも顔は同じでした。当たり前だけど)

J社に行くというMさんと、チラリとアンティークモールに寄ることに。
さすがにあの帯はまだありました。
今日は迷わずお買い上げ。
「こういうお店で値切ったりしてはいけなんでしょうか?」と聞くと、
「じゃあ、消費税分だけ」とおまけしてくれました。
お姉さん、ありがとう。

もっと遅くなったら、今日も波平と一緒に帰ろうと思っていたけれど、
時間がありそうなので、川崎の「沖縄の染織」に行くことにした。

桃原禎子(とうばるていこ)さんの久米島紬、やっぱり素敵……。
(っていうか、久米島紬自体がやっぱり素朴でいい雰囲気なんだと思う。風合いも好みなんですな)

そして、上原美智子さんのあけずば織の繊細さにクラクラ。
(あんなもの、どうやって織るのでしょう?)
天女の羽衣って実際にあるとしたらこんな感じなんだろうなあ、と思ってしまった。

さて、盛りだくさんな1日だったけど、最後の締めはやっぱりアレです。
今からちょっと緊張。
勝てるよね、ね?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ん〜、ダメでした。
そのままTVをつけっぱなしにしていたら、
タテゴトアザラシの赤ちゃんの番組になったので、
カワイイ姿を眺めて、しばし心を癒す……。

大切なのは負けを引きずらないこと。
ホームでは負けませんことよ!

2005.3.24 [木] 銀座デート

昼下がりに溜池山王あたりのN社にて打合わせ。
ベージュ地に黄色の格子の紬に、赤いバラを織り出した母の帯で。
羽織はミカン色に梅模様。

川崎駅のホームで快特を待っていると、どこぞのオジサマが
「いつも和服なんですか? 春らしくていいですね〜」と話しかけてくる。
パッと目立つ色の羽織なので、そうおっしゃっていただけたのかな?

しかし、ものの2〜3分の立ち話の中で、
「(着物を着ているのは)着物関係のお仕事で?」と3回も聞かれた。
その度に、ハッキリ違うといっているのになあ。
趣味で着物を着ている状態が、そんなに不思議なのかい?

2時間ほどの打ち合わせの後、銀座でHさんとデート。
立田野でよもぎあんみつをいただく。
「砂糖は身体を冷やすから、極力控えたほうがいいですよ」なんて、
どの口がいったことやら。
(Hさんの持っていらした蛭子屋のバッグがとてもいい!
うっかり機会を逃してしまったことを後悔する……)

Hさんと別れてから、八丁堀の波平の会社まで歩く。
途中、アンティークモールを覗いて、以前に見せてもらった帯が
まだあるかどうかを確認。
(これがまだ売れずに残っていた!)

最初に見たときから約1ヶ月。
あれこれ、他の店でも刺繍帯を見たけれど、やっぱりコレがいいのだわ。
お値段は張るけれど、まあなんとかなるか。
(はい、働きます……)
明日来て見て、まだあったらその時はいただこう、と決める。

波平と合流して、会社の裏手のイタリアンへ。
(彼がお腹が空いて、お家までは我慢できないといいだした)
久しぶりにデザイナーのナンシー(浅草っ子)も同席。
たいして品数は注文なかったのに、ボリュームが多いものがあって、
最後はフーフーいいながら食べる。
(油っぽいものを過食……ぜんぜんなってません)

お店に入るときにパラパラし始めた雨は、途中すごい勢いになっていたようだけれど、
結局長居したので、出るころには上がっていた。
いや〜、助かりました。

2005.3.23 [水] 首都高!

波平のお迎えに成田まで。
首都高(湾岸線)が勝島から辰巳インターチェンジまでず〜っと混んでいて、
本当にウンザリ。
早ければ1時間で行くところを、2時間半かかりました。

波平と骨折したライダー君(横浜が実家)を拾って、
帰りも同じルートで帰ったのだけれど、今度は空いていて、
やっぱり1時間くらいで鶴見に帰り着きました。

しかし、約30時間の空の旅(つなぎが悪くてトランジット2回)は
かなりハードだったようで、出てきたときには4人全員の顔が死んでいる感じだったなあ。
(そして家に帰り着いた波平は、この日12時間も寝てしまいました)

2005.3.22 [火] もしや……

洗濯物を一気に畳もうと、作業を開始。
……しかし、半分ほどたたんだところで、鼻がムズムズ。
だんだん目もかゆくなってきたような……。
そして、突然くしゃみの嵐!

これって、もう間違いないでしょうか? >花粉症の先輩方
完全に油断してました。
家の中に取り込んだ洗濯物にやられるとは……。
(でも代わりに畳んでくれる人はおらず)

あ、ちなみに波平の帰国は明日でした。
自分のおっちょこちょい度が毎年上がっているのが怖い。

2005.3.21 [月] 1:40 am

遊び過ぎの疲れがドッと出て、本日はダラダラモード。
それでも、雨の予報を聞いたので、洗濯はせっせとやりました。

今日は世間では休日だよな、と油断していたら、
なぜかK社のAさんから、新たなお仕事の依頼が来る。
(ああ、御社はそれほどまでにお忙しいのですね……)

現在緩やかに下降気味の体調を考えると、即答はできなかった。
木曜日の別件打ち合わせで、時間のやりくりがよっぽどうまくいきそうならお受けすることにしよう。
そこそこお金はもらうことより、身体の方が大事だし。
(もう欲張らないのです。マイペースで行かせていただきます)

明日は波平がご帰還の予定。
荷物が多いので成田までお迎えに行ってあげることにした。

「とにかく、みんな無事で」というこちらの願いは届かず、
日本チームのライダー3名のうち、1名は骨折(!)、1名は強烈な打撲と、けが人だらけ。
でも、打撲クンはそのおかげで個人タイトルを2つも取ったんだそう。
海外ライダーに混ざって成績残せるとは、すごいです!
伸び盛りの若いアスリートってのはいいね〜。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今日は時間をうまく使えなかったのと、元気がわかなかったのとで、ちょっとそこまでの外出もできなかった。
(川崎まで行こうともくろんでたのに……)
は〜、今日もたっぷり寝て、エネルギーチャージすることにしよう……。

2005.3.20 [日] 春です

W学兄さまより集合がかかり中山へ。
岡部さんの引退イベントがいろいろ用意されていた。

パドックはほこりっぽいところだし、
もう春だから木綿でもいいだろうと、久々に作州絣を着る。
湯通ししてから仕立てたのに、洗ってかなり縮んでしまった1枚。
着てみたら、おはしょりもギリギリになっていた。悲しい……。
(内揚げはたっぷり入れたから、そのうち仕立て直します)

そういえば、この帯を締めていないなあと、梅柄の赤い帯にしてみた。
季節のものはウカウカしていると、また1年くらい締められなくなってしまうから、
こういうチャンスには積極的に締めなくちゃ。

昨日教わったばかりの「結ばない〜」で、柄もきれいに出せた。
でも、腰には補正をしてないので、タレの真ん中辺りにシワがでる。
ここらを工夫して、もうちょっときれいな着姿を目指そう。

夜は全員集合状態に。
いつも忙しいIさんまで揃う。

今日の1RにはIさんの愛馬ピクシーダストが登場。
なんと後続を5馬身もぶっちぎって勝ったらしい。
(早いレースなので、実物は見てないけど)
で、勝利の美酒を味わったIさんは、そのまま松戸けいりんにでかけたようだった。
好きだなあ〜。
(夜に本八幡で合流した)

K太くんは、5キロくらい痩せていた。
誰にも気づいてもらえないと嘆いていたが、私は気づいたよ。
痩せたきっかけはインフルエンザにかかったことだとか。
もうひとしぼりがんばってほしいもんである。

2005.3.19 [土] こりゃあいいなあ

中ざくらさんのご指導の元、「結ばない帯結び」の特訓。
桐の柄のペラペラの名古屋帯、気に入っていたんだけど、
短くて締めるのが難しかった。
(これで旅行に行って、朝、ホテルで四苦八苦した思い出が……)

でも、やってみるとあっさり締められるようになって
本当にありがたい。

私がこれまで適当にやっていたのは、「切らない作り帯」の方だった。
でも、やり方が微妙に違っていたので、ちゃんと教えてもらって、こっちもスッキリ。

着物偏差値がグンと上がった、魔法のような1日でした。
ご一緒させていただいたみなさん、ありがとうございました。

2005.3.18 [金] 完成近し?

朝から和裁へ。
午前、午後と2コマ取ったのに、大して進まなかった。
でもやっと形が見えてきた感じ。
(これから芯を縫い付けていきます)

今回は名古屋帯を作っているのだけれど、着なくなったタイシルクのワンピースをばらして、
お太鼓と胴回り、手先の見えるところに振り分けた。
その間と裏は、紬っぽい風合いのインドシルク。

ものすごい継ぎはぎで、まるでパッチワークのよう。
本当にキチンとできるのか、いまだに不安あり……(まあ、先生がいるので何とかなるんでしょうが)。


波平からメールの返事が来ていた。
今回はホテルじゃなくて、主催者が用意した宿で、
USアーミーの寄宿舎なんだそう。
おかげで、通信環境はいいらしい。まあよかった。

夜遅くなってから、久しぶりにケーキを焼く。
イチジクとマンゴーとレーズンを入れてみた。
この組み合わせはどうだろう?
チグハグでないといいのだけれど。

2005.3.17 [木] 会わない人とは長電話になりがち

夕べ、遅い時間から本を読みはじめてしまったので、
起きたのは11時。
人として、ここまで寝てはいかんよね、いくら夫がいないからって。

午後は真面目に仕事。
とはいえ、昨日やり残したことなので、終っても爽快感はなし。
手が空くのを見透かしたように、次の指令もやってきた。
世の中って、こういう仕組みになってるのかな。ふ〜。

夜、Yさんと長電話。
最初は業務連絡だけ、と思っていたのに、
どんどん話がふくらんで、なんと2時間近くもしゃべっていた。
高校生みたいだ。

でも内容は「化学物質による地球の汚染」とか、「マクロビオティック」とか、「田舎暮らし」とか、彼女とのスタンダードはそんな感じ。
近々、大分に物件探しに行きましょう、ということになった。
1ヶ月くらい、九州をフラフラするのもいいかも。

夜はいい加減帯をかがろうと思っていたけど、また手を付けずじまい。
「ダ・ヴィンチ・コード」でも読んで寝よう。

2005.3.16 [水] 無事に帰ってきてね

朝はのんびり起きた。
本当は和裁に行きたかったが、まずは原稿をやっつけることにしたのだ。

波平は4時過ぎの便だそうで、朝から成田までのいいアクセス方法を探していた。
なぜそれを夕べやっておかん……。
(おかげでスカイライナーはいっぱいで予約が入れられなかった)

結局成田エクスプレスでいくことにして、鶴見駅まで車で送る。
今回は4泊6日のスウェーデン(弾丸ツアー並み?)。
エアもいい便が取れず、香港とロンドンで乗り換えがある。
(でも、大会主催者のインビなので、あご足付き!)

道中は参加ライダーたち3名と一緒らしい。
ありていにいうと、引率の先生だな、こりゃ。
ライダーたちは、乗り換え乗り換えでグッタリしたころ会場について、
午後からはいきなり大会参加らしい。調子あがらなそう……。
(ヤツラは飛びます! 大丈夫かな〜)

まあ、皆さん無事に帰ってこられるように気をつけてほしいものだ。
特に波平は、ライダーくんたちとちがってオッサンなんだから、
無理せぬように。

午後からは足りない写真の手配。
某市役所の観光進行課に電話して、
「大山詣りの御師(おし)の話につけるイメージカットを貸して」と頼んだら、
先方は“御師”を知らなかった。
なので、なぜか私が「ええっと、御師っていうのは〜」と説明する。
もう、たのみますよ、ホントに。

夜遅くになって、原稿を仕上げて送信。
後はデータ修正を少々やれば、明日にでも手離れするはず。
ああ、確定申告やらなくちゃ。また今年も遅れちゃったよ……。
(還付受けるほうだから、遅れても問題無いってのが落とし穴です)

2005.3.15 [火] さぶっ!

10時過ぎに家を出る。
思ったより寒くて、駅までの道でいきなり薄着を後悔。
まずは神奈川新町→仲井戸へ、浦島伝説を探りに。
なんか写真に撮れるものはないかとキョロキョロしながら歩く。
でも、とくにいいものは無し。

慶雲寺で、亀の台座の碑などを撮る。
こんな近くに、浦島伝説があるなんて、ちっとも知らなかった。
寺の前の道にズラッとならんだガードのポール、頭が全部亀のモチーフでカワイイ……。

いきなり腰が痛くなるほど歩いて、先が思いやられたが、
東神奈川から平塚へ。駅はいくつもないけど、遠かった。

平塚では「番町皿屋敷」のお菊さん関連のものを探す。
これも大したものは無し。
仕方ないので、紅谷公園の一角の「お菊塚」をあらゆる角度から撮る。
旧東海道をテクテクと下り、見附跡やら本陣跡の碑を見る。
(ちょうど道路工事中で、路面最悪。写真も一応撮ったが、
まわりが砂利道では使えないでしょう……)

「玄米屋」という駅近くの和食系定食屋で遅いお昼。
入ってみると思っていたより広くて、年配のお客さんが多い。
ちょっとファミレスみたいだなあ。

サワラの煮付けのセットを頼んだ。
あんまり期待してなかったけど、大きくてふっくらしたサワラだった。
おいしいよ〜。

横浜にもどり、関内周辺で「絹の道」関係の被写体を探す。
フォトジェニックなのは開港記念会館のレンガの時計塔くらいか。
シルク博物館あたりで外観や女性の像などを押さえて撮影終了。

開港記念館がたまたま遅い時間まで見学できるようだったので、
中を見せてもらう。
で、たまげました。
国の重要文化財なのに、普通にかしてもらえるの?

すごくレトロな講堂をはじめ、えらくいい感じの会議室の数々……。
帰りに料金表を見たら、なんと講堂でも半日7000円!
小さい教室は200〜300円で借りられる。
使う予定はいまのところないけど、横浜市ってすごいと思った。
5周年イベントはぜひここで!
http://www.city.yokohama.jp/...

石川町の古着屋「ふりこっこ」でも冷やかそうと思っていたが、
1日中歩いてさすがに疲れたので、帰ることに。
でも横浜駅で降りて、そごうへいっちゃいました。
(アンジェリーナのモンブランが食べたくなったのです)

8時前にに帰宅。ご飯の用意をする。
波平は明日から海外取材なので、ちゃんと和食を食べさせてあげようと思った。
菜の花のおしたしにフワッとトロロをかけたものや、レンコンの挟み揚げ、
黒豆の煮物、豆腐と松山揚げの味噌汁などなど。
キャベツをサッと煮て、ブリーチーズを添えたものがおいしかった。今日のヒット。
(朝、NHKでやってたので真似してみた。テレビでは青かび系のチーズを使っていたが)

食後にモンブランを。ひさしぶり〜。
でもね、なんかちょっと味が変わってるかも?
気のせいかとも思ったけど、波平も私が思ったのと同じことをいったので、
たぶんそうなんでしょう。

取材の準備でバタバタしている波平を横目に、
早目に布団の中へ。
すぐに眠くなるかと思いきや、結構長く本を読んでしまった。

2005.3.14 [月] 朝から挫折

朝、髪を切りに行くことを思いつく。
私の場合、正確にいうと“縮毛矯正”で、4〜5時間コースになるので、
時間とお金と気力に、余裕があるときでないと行けないのだ。

「それって、今日かも?」
と思ったわけで、頭の中でスケジュールを猛烈にやりくりしてから、
行きつけの美容室に担当の人がでているかどうかを電話で確認したら、
なんとお休みだった……。
ガクッ、いきなり挫折。

夜になって、ネタ出ししておいたものの正式依頼メールがやってくる。
原稿はチョロイので、まずは明日、写真を撮りに行くことにした。
(どこかから送ってもらうこともできるけど、神奈川県内だから、
電話で煩雑なやり取りをするよりも、サクッと自分で行ったほうが楽なのです)

平塚、大山、神奈川、横浜。
あ〜あ、どうまわろうかな?
っていうか、1日でまわれるのかな〜。

2005.3.13 [日] この笑顔は……

午前中に宅急便が来る予定だったので、早めに目覚ましをかけたが、
なんだか起きられずウダウダと。
まんまとパジャマで受け取りに行くハメになりました。とほほ。

今日は家でゆっくりする予定だったので、
朝から洗濯やら掃除やらバタバタと。
時間があれば帯をかがろうと思っていたのに、そんなヒマはなし。

昼下がり、台所の床を掃除しながら、競馬中継を見る。
引退を決めた岡部さんが早速ゲストに呼ばれていた。
なんだか複雑な気持ち。

「自分が乗ることで、勝てるはずの馬が勝てなくなると、馬に迷惑をかけるから」
10日の会見、そんな言葉にこちらの胸がつまった。
(最後の最後まで「馬優先主義」の人らしい)
もう限界だってのは、とっくに想像がついていたけれど、
やっぱり寂しさの方が大きいな……。

でも、テレビの中の、こぼれるような笑顔の岡部さんを見てると、
やっぱり、大きな荷物を下ろしたんだろうなあとも思う。
いつも冷静で、自分に厳しくて、あんまりにこにこ笑った顔って、
印象にない人だったから、余計にそう思ったのかもしれない。

いや〜、長い間おつかれさまでした。
これからはゆっくり競馬を楽しんでもらいたいです。

そんなことがあったので、次週は「岡部ネタで飲みたい」と、
おんなじように寂しい気持ちになったらしい、W学兄より招集がかかりました。
久々の中山、パドックのオッサンたちは元気かな?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

夜、波平が取材から帰ってきた。
ご飯を食べ終ったころに、弟のケンさんがやってくる。
手拭の話をひとおとり聞いて、いろいろな話を。

「今の仕事もいつまでもできるわけじゃないから、なんかの職人にでもなろうかな」
ハイ、キミは職人、向いていると思います。

で、彼に指摘されてはじめて気づいた。
「どっち方のおじいちゃんも大工だったし、お父さんの方のばあちゃんは和裁士だぜ。
そりゃお互い、器用なDNAも当然持ってるでしょう?」
そうかそうか、そうかもね。

そして面白かったのが、私は彼のことを自分よりずっと器用なヤツだと思っていたのだが、
彼は彼でまた、私のことを自分よりずっと器用なヤツだと思っていたらしいこと。

なんでも子供の頃に、私が作ったプラモデルを見て、「こいつにはかなわん!」と思ったらしい。
この話、かなり意外だった。(私、自分ではむちゃくちゃ不器用だと思ってたのです)

なんだか身近な人間にそういわれると、ちょっと勇気が湧いてくるじゃん。
和裁、がんばろうっと。

2005.3.12 [土] 骨董市!

朝から早起きして、浅草へ。
久しぶりの骨董市。

とくに探していたものはなかったけど、ひょっこり見つけた
型染の蒲団皮が
なかなかいい状態だったので、ゲット。
ちょっと短いけど、継ぎはぎして帯にしてみます。

さんざんウロウロしてから、合同履物さんへ。
今日のお目当ては雨下駄。
春雨塗り(こんな感じの名前だったけ? 黒と赤の細い縞)の台に、
ローズピンクの鼻緒、あわいピンクの紬地の爪革をつけてもらう。
雨の日の履物は、私のなかでずっと課題だったので、
なかなかかわいいセットになって満足。

リバーサイドのカフェでお昼を食べてから、
またあちこちウロウロと。
(姫やさんにはじめて行きました。ニワトリの鼻緒がかわい〜)

最後は小紫さんに教えていただいた釜飯やさんで晩ご飯。
ここでは浅草骨董市のスタッフご一同様と同時の入店になり、
「今日は着物で来てくれてありがとう」と1杯ずつおごっていただく。
(浦霞をいただきました。おかげで寒さでつりそうになっていた足もポカポカに)

幸せな1日でした。
お付き合いいただいた皆さん、ありがとうございました。

写真が雨下駄。ストロボでやけに明るい色にうつっているけど、
もうちょっとだけ渋い感じです。
下に敷いてあるのが、骨董市でゲトった型染古布。

2005.3.10 [木] あっという間に

ふと気づけば、もう1週間以上日記を書いていませんでした。
本当に、時間というものはあっという間に経つものですね。

その間、なにをやっていたかを駆け足でメモしてみます。

3月2日(水)
和裁(水曜組)のメンバーと計7名で伊豆旅行。この日、学院の都合で授業がお休みだったため実現した。
曽我の梅園→網代でそば→宇佐美でミカン狩り(宿のサービス。行ったら甘夏だった)
→伊東市内の公衆浴場(200円。源泉かけ流し!)→宇佐美の民宿でトラフグ(ただし養殖)三昧の夕食。

3月3日(木)
おばちゃんたちのおしゃべりで早朝起こされる(まだ6時だっちゅーの!)→朝のひとっ風呂→
稲取のつるし雛(メイン会場2ヶ所と小会場1ヶ所をまわる)→川津桜(桜よりも延々と続く売店ばかりに目が行く)→天城越え→沼津から東名で帰路へ

というわけで、おばちゃんパワーに押されまくった2日間でしたが、
なかなか盛りだくさんで楽しかったです。
ツアコンって職業は、こんな感じなんでしょうか。
いろんな柑橘類や手作りのわさび漬けなど、おみやげもそこそこゲット。
フグでコラーゲンも過剰に摂取して、お肌ピカピカになったような気もします。

3月4日(金)
お仕事デー。茨城取材のアポ入れ(やや難航)。

3月5日(土)
茨城取材。お休みの波平がカメラマンとして同行してくれました。
無理やり入れたW学兄様関係のアポや、スノーボーダー絡みの紹介で乗りきることに。

ダメ元で出ていったのに、意外とはかどりました。
最後は川内町の農産物直売所で、地元の豆腐や卵、豆類などをいろいろ買ってご満悦。
やっぱり田舎はいいな〜。

3月6日(日)
波平の弟の一家とスノーボード。
近場がよかろうと「佐久パラダ」へ。ここは高速のハイウェイオアシスから直接ゲレンデへ行けるのです。

小1の甥っ子が「スノーボードやりたい」といいだしたので、おつきあいで行ったのですが、
子どもの上達のスピードにはビックリ。やっぱり何でも小さいうちから始めるべきね。

“お遊び”とナメていて、ヒザにパッドを着けていなかったら、
そんなときに限って、アイスバーンでチョコッと転んでヒザを強打。
今でもいい色の青タン残ってます。

3月7日(月)
茨城取材のアポ入れの続き。
金曜に保留になっていたお返事、いい時間に取材させてもらえることになりました。ホッ。

せっかく家にいるので、洗濯機をフル稼働。
ズラッと干し上がったものを眺めつつ、「う〜ん、これ誰が畳むのかな〜」とややウンザリ……。

3月8日(火)
昼前に家を出て、茨城へ。首都高がゲロゲロに混んでいて、予定よりスタートが遅れ気味に。
まずはアポなしでバス会社に飛び込み。なんとか取材させてもらえました。

次のアポまで時間があったので、途中で見つけた着物もありそうなガラクタ屋さんへ。
「今は着られるような着物があんまりなくてごめんなさい」とお店の人。
手芸に使うために買いに来る人が多いらしく、「着るので」というと、
「それはいいわね〜」といって、阿波しじらの単衣(新品?)2枚を激安にしてくれました。

最後の取材。広報担当の方も明るく都会的で、取材対象も若くてキビキビ。
おかげで撮影も取材もいい感じで進み、ミッション完了。

3月9日(水)
取材してきたものをまとめて、原稿起こし。
とてもいい天気だったので、やっぱり大量の洗濯をしながら。
(このところ出かけてばかりだったので、とってもたまっていたのですよ)

夜に仕上げて原稿送信(写真は午前中に波平に発送してもらった)。
クライアントから感謝&すごいお褒めの言葉いただく。
(あんまり外注に出さないところらしいです。フリーのライターとしてはごく普通の上がりなのに、なんか過大評価されて調子が狂うよ……)
とりあえず、今ネタだししてる原稿のGOサインがくるまで仕事は一段落。


そして本日。
「最近キミの日記が更新されなくてつまらん」と、朝から波平にお小言をいわれてしまいました。
だからというわけではないけれど、久々に日記を書いてみました。

は〜、振り返るとなんとバタバタした日々だったことか。
(「丁寧に〜」どころではなかったですわ)
もうちょっとゆっくりやりたいですね。

今日はこれから荒れ果てた部屋の片づけをやります。
これもかなりウンザリな作業ですが、仕方ありません。
確定申告もやらなくちゃ……。

写真は稲取のつるし雛。華やかでした〜。

2005.3.1 [火] 二つ目のお葬式

まずは、伝言をくださった皆さん、本当にありがとうございます。
皆さんの書いてくださったひと言ひと言が、心に沁みました。
(こういうデリケートな言葉を書くのって、時間もかかるし、エネルギーもいりますよね。
それなのに、わざわざ伝言くださって……。すごく感謝です!)

本日、告別式に行ってまいりました。
火葬場から、お墓、最後にもう一度お寺で初七日と、フルコースです。

今日は友引明けということで、小坪の火葬場はずいぶんと混んでいました。
手配をした従兄弟は、他のところがいっぱいで、やっととれたのだといってました。
もう何十年も前、おばあちゃんとお別れしたのも、ここだったなあと思い出したりして。
(ここの真下を通っているトンネルは、よく幽霊がでることで有名なんですよ。きゃ〜)

いざ、骨になったおじさんをみると、個人的にはなんだか妙に納得いたしました。
骨を拾う儀式は、この感覚を味わうためにあるのかな?

お墓は葉山の海がスッキリと見晴らせる場所に用意されていました。
ご本家のお墓の隣にあるスペースに基礎だけが作ってあって、
まだ石の部分はこれからだということでした。
でも、そこに骨壷を埋めて、土をザックリと盛り上げて、木でできた墓標を仮に立ててありました。
(こんな風にするとは、始めて知りました。ところ変われば、
やり方もいろいろちがうもんですね)

しかし、今日は朝からずっと寒いところにいたような気がします。
お寺の本堂を開け放つような告別式やら、薄ら寒い火葬場の待合室や、吹きっさらしの墓地……。
普段ははかないスカート&パンプスがこたえました。
(お年よりの方たちはもっとたいへんだったと思います。むむむむ)

たぶん、この先、こういう機会もボチボチふえるのか、と思うと、
真剣に着物の喪服を考えた方がいいかも。
親戚や友人くらいで着ると目立ってしまうけど、親の時には「着物でないとダメよ」といわれるし。
いつも備えの甘い私なので、そんなときこそしくじりのないように。

ところで、今日はもう一つ、悲しいことがありました。
11年間飼っていたゴールデンチェリーインコのキョロちゃんが、
ついに召されてしまったのです。
(ウチがふたりで取材に出かけている間、綱島在住の弟宅に預けてあったのですが、
今朝、落鳥していたそう。もう寿命です……)

もうヨボヨボのおじいちゃん鳥だったので、ずっと前から覚悟はしていたんですが、やっぱり悲しい……。

お葬式がひと通り終って別れたあと、弟はわざわざウチまで亡き骸を届けてくれて、
暗い中、一緒に鶴見川沿いの桜の根本に埋める作業をしてくれました。
(波平が取材でいなかったので、本当に助かりました)

そういえば、キョロちゃんを飼い始めたときには、この弟(ケンさん)ともうひとり、下の弟と3人で暮らしていました。
一番下は今は四国ですが、ケンさんとふたりでキョロちゃんのお葬式をすることになるなんて、
なんか因縁めいたものを感じました。
(キョロちゃんがそう望んだのかしら?)

なんだかお葬式のダブルでとっても疲れましたが、いっぺんでよかったような気もします。
もう、今日はお風呂に入って、サクッと寝よう……。

明日は和裁仲間と伊豆へお出かけです。
(気分は乗らないけど、宿の手配を私がしているので、キャンセルもできず)
フグを食べて、元気になって戻ってきます。

急ぎの仕事はぜんぜん進みませんが、まあ何とかなるか、な?
とりあえず、精神的な復活を目指さねばね。

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