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2004.8.29 [日] 8:34 pm |
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昔の雑誌を読んでいたら帯特集があった。そのなかでも本郷孝文氏http://www.kanshin.jp/...の熨斗目の着物に吉野格子の帯という組み合わせが素敵で目を奪われる。隣のページの板倉眞理子氏の型絵染め帯も垂涎もの。(ただの青色好き?)あんまり素敵なので会社でこっそりカラーコピーしてしまう。しばらくはこのコピーを眺めて幸せな時間を過ごそう。
『芸術新潮』では青木玉さんが「着物あとさき」http://www.shinchosha.co.jp/...という連載を始められたようだ。幸田文氏が遺した緞子や綸子の白生地は地紋が華やかで、私はついつい白無垢を想起してしまった。そうだ!玉さんの白無垢は紋綸子だった。『幸田文の箪笥の引き出し』を書棚から引っ張り出して見れば、地紋は立涌に菊花菱とある。ああ、秋の式にあわせた秋の装い。よき日に対する母と娘の気持ちが伝わってくる。地紋にさえも気持ちを込めることができるのだ。着物って奥が深い。
画像:雑誌より |
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2004.8.25 [水] 1:21 pm |
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「日本の絹展」http://www.kanshin.jp/...を観に出向く。全体としては玉石混交...もとい、好きなものもあればそうでないものも展示されていた。
期待していた多摩シルクライフ21研究会はとても良かった。ご縁があった作家の(7/27日記参照)着尺も展示されており、やっぱり素敵で溜息がでる。東京の養蚕農家は10戸ほどになってしまっただそうだ。なにかの記事で「今、養蚕をしている人は養蚕が好きな人だ。そうじゃないと務まらない。」と云った内容を読んだことがある。がんばれ養蚕農家! |
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2004.8.24 [火] 11:10 pm |
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『ひとりよがりのものさし』http://www.shinchosha.co.jp/...を立ち読みする。芹沢氏について書かれたくだりが興味深かった。
うすうす感じてはじめていたのだけれど「審美眼」というものは確かに存在する。それは物の出自を言い当てるといった類の事ではない。寧ろその物の背景を知らずに美しさを判断できる。そういう目を持った人が世の中にいるのだ。文字にすると簡単だけれど、これは本当に凄いことだ。ある人が目の前でそれをやってのけたとき、私は目から鱗が落ちた。それからすっかり「審美眼」の存在を信じて疑わない。
私もあんな風に少しでも物が見えるようになりたい。でも、そうなる為にどうしたら良いものかねえ。 |
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2004.8.23 [月] 8:40 pm |
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処暑をむかえ、空気がひんやりしてきた。これから日に日に秋めいてくるかな。
今日は「下がり藤」ならぬ「下がり葡萄」の刺繍紋http://www.eisai.co.jp/...を見た。(色と言い形と言い、一見 下がり藤に見える)ワイン好きには良いかもしれない。
そうそう。未明(日本時間)の女子マラソンは凄かった。約20km地点での給水ポイントで、野口選手は土佐選手や坂本選手がちゃんと給水できているか気を配っていた。自分が取ったスポンジを土佐選手に渡したりしている姿を見て感動してしまった。優しくて強いって、美しい!金メダルおめでとう! |
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2004.8.22 [日] 1:27 am |
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焼肉会。
目に涼しげな浴衣と美味しい焼肉で、暑さも吹き飛んだ。また明日から頑張るぞ。 |
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2004.8.14 [土] 10:39 pm |
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畠山記念館へ行こうと思っていたけれど午前中は疲れてダウン。夕方過ぎに少し元気が出たので東京湾花火大会へ出向いた。
花火を見ると必ず炎色反応の授業を思い出す。美しいな。炎。
一人寿司、一人居酒屋、一人パーティーに続き一人花火も楽しめるようになった。カラオケと焼肉屋さん以外なら何でも一人で楽しめるかもしれない。
画像は東京湾の花火 |
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2004.8.13 [金] 0:21 am |
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友人達とお夕飯。
浴衣に兵児帯で行ったら「腹巻!」と言われた。
違うの!バカボンパパじゃなくて、バカボンなの! |
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2004.8.12 [木] 9:53 pm |
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快晴 葉山日和。
涼しげな奥州紬のこうめさんと逗子で落ち合い、バスで葉山へ向かう。行きのバスの中は海水浴へでかける人で混雑していた。浮き輪のビニールの匂い、バスの扉から入り込む潮風。海水浴客の雰囲気に流されて、私まで、すっかり海水浴気分!
美術館前でえりりんさんと待ち合わせ。カルタ結びが葉山によく似合ってる。お昼を食べてから、えりりんさんに葉山の町を案内してもらった。ご近所のことをあんなに詳しく説明できるなんて凄いなあ。私も自分の住んでいる町のこと、少しは知らなければ。
葉山観光の執着地は美術館。「柳宗悦の民藝と巨匠たち展」を観る。展示物の中に白磁の鎬手瓶で素敵なものがあった。鎬というには細すぎるほどに削りとられた線が繊細で素朴。鎬を作ろうとして作ったのではなく、ただ単に手に楽しめる線をいれたかったのかもしれない。そんな削り方だった。
扁壷の類や、山形の鉄瓶もよく考えられた形で感心してしまった。民画や大津絵などを観ることができたのも良かったなあ。
富本憲吉氏の作品をじっくり観るのは初めてだったけれど、これもまた良かった。家に帰って調べると、妻の尾竹一枝氏は平塚らいてう氏等と日本で最初の婦人解放運動を牽引した一人であるようだ。自由学園創設者の羽仁もと子氏とも交流が深く、その繋がりから自由学園の勤続記念バッジ(?)を富本氏が作成したこともあるそうだ。自由学園と民藝は意外なところでよく繋がっている(例えばhttp://www.galerie-mmg.co.jp/...)。
美術館の後はしおさい公園を散歩して、夕方から浜辺へ出た。海!海!海!足に怪我中のこうめさんを巻き込んで(反省)海辺を裸足で歩く。足の裏から色々な事が しみこんでくる。耳は海鳴り、目には夕焼け。海ってこんなに気持ちが良いところなんだなあ。
砂まみれになって帰宅。
今度は葉山へ泳ぎに行きたい!(泳げないけど) |
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2004.8.11 [水] 10:41 pm |
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大学時代ぶりの夏休み!
浴衣に兵児帯の楽な格好で、午前中はゆっくり読書に耽る。『民藝』のバックナンバーでは、柳宗悦氏、芹沢�C介氏、高林兵衛氏、平松実氏などの人間関係にまで言及されていて興味深かった。ざざんざと伊兵衛の関係も気になる。明日の予習になったかな。
午後は銀座へ出て、たくみで目習い。本当は鎬の花入が欲しいと思って探したが、思ったような物がなかった。それにしても焼物は茶道と切り離せないなあ。名品を見るためには、茶道の目が必要な気がする。(勿論、そうではない焼物もあるのだけれど。)やっぱりお茶を習いたいぞ。
上野へ移動して道明へ行くが、閉店後だった。残念。不忍池をぶらぶらして蓮を眺めていたら「そうだ、鈴本演芸場へ行こう」とひらめいた!18:30頃から見初めて21:00までたっぷり笑って大満足。
楽しい夏休み1日目。 |
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2004.8.9 [月] 8:37 pm |
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京都での思い出。
微妙な2色の墨色。どっちの色にしようかな〜。
こっちに決めた! |
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2004.8.5 [木] 10:28 pm |
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美しいって何だろうか。
使いやすい形のもの。
使いやすい素材のもの。
素材と形、その関係が正しいもの。
真面目な仕事のもの。
想像力をかきたてるもの。
私の入り込む余地を残してある、懐の深いもの。
私と もの との関係性を私自身が見出せるもの。
それが私にとって美しいもの。
画像上:西陣の町並み
画像下:ふじひらギャラリーカフェで買った布目の器 |
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2004.8.4 [水] 10:26 pm |
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朝早くに起きて、京都の友人と朝食をとる。出社前の急な誘いに応じてくれて有難い。
友人と別れて、11時になか志まやさんと待ち合わせ、問屋さんへ。なか志まやさんのHPで問屋さんの画像は見ていたけれど、予想以上にたくさんの反物が整然と並んでいた。1反1反めくっていたら きりがない。お目当ての柄を染める羽織の生地と色を選ぶだけに集中することにした。それでも結構時間がかかった。まず生地は私の好きな固めでシャリっとした ちりめんを選び取る。次は色選び。赤系墨色か青系墨色か悩んだが、プロの声に任せて青系にした。着物も青系が多いしね。素敵な羽織ができそう。うふふ。
その後、襦袢の問屋さんも少しだけ拝見して、一人で貴了館へ行った。紗に繍いとられた夕顔が涼しげで、うっとり。『和楽』の天橋立写真の謎も教えていただいた。ほー。
ちんぎれや と ふじひらギャラリーカフェhttp://www.mediawars.ne.jp/...に寄って帰路につく。浴びるように京都弁を聞いた旅だった。 |
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2004.8.3 [火] 9:45 pm |
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仕事を早々に切り上げて新幹線に飛び乗って西へ!新幹線の車窓に外環が流れ、京都駅が目に飛び込んでくる。嗚呼、京都だわ。
八条口からタクシーで祇園まで出る。なか志まやさんと合流し、お茶屋さんがやっているBarへ赴く。うふふ。席についてくれた舞妓ちゃんはとってもお茶目で可愛らしい妓だった。長年気になっていたお衣装や髪型についてあれこれ訊いてしまう。芸妓さんのカツラは江戸風で前に張り出した鬢なのだそうだ。そう言われてみると確かに!自髪で結う時は京島田なので後ろに下がった鬢になる。カツラと自髪の時を比較するとあきらかにシルエットが違うのは、カツラのせいではなく髪型が違ったのね。なるほど。
芸妓さんが都をどりのお手前の時に 衿裏反し するのは、お手前があるからだそうだ。お茶の席には正装で という事らしい。が、なぜ衿裏を見せるのが正装なのかは謎のまま。私は御所の通行証だったと思うのだけど...。
あと、気になったのは喋る言葉に「しゃ」という音が多かったこと。「〜どっしゃん」など。
私たちの質問攻めに夜遅くまでつき合わせてしまって、若い舞妓ちゃんには申し訳なかったなあ。眠かったかな? |
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